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歴史

デンマークは世界で2番目に古い君主国です。(一番古い君主国は皇室のある日本)

欧州の歴史に初めてデンマーク人が登場するのは、8世紀。
当時は”スカンジナビア人”の呼び名として有名なバイキングが、ブリテン諸島や西ヨーロッパ沿岸地帯の教会や修道院を襲撃し、悪名をはせていました。

デンマーク人については多くの歴史的文献に記述されているものの、国としての最古の記録は965年のものになります。イェリングという町の2つの石碑に、ルーン文字で「ハーラル1世(ハーラル青歯王)が国家を統一し、キリスト教をもたらした」と刻まれています。当初カトリック国だったデンマークは、1536年の宗教改革でルーテル派に改宗し、今日まで受け継がれています。

歴史を振り返ると、デンマークの領土面積は戦争の勝敗によって劇的に変化してきました。
女王マルグレーテ1世の統治下、1397年にカルマル同盟が結成された当時、デンマークは北欧を率いる存在でした。
同盟は、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、グリーンランド、アイスランド、フェロー諸島、エストニアのデンマーク領、そしてシュレスヴィヒ、ホルシュタイン、ラウエンブルグ各公国を一つの王国同盟に結集させました。

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写真: イェリングにあるルーン石碑のひとつ

カルマル同盟は1523年にスウェーデンが独立するまで続きました。
15世紀にはデンマークとスウェーデンの激しい勢力争いが繰り広げられ、6度に及ぶ戦争の末、デンマークはエストニアとノルウェーの一部を失いました。デンマークとデンマーク側に残ったノルウェーの一部は同盟関係を継続しましたが、イギリスがコペンハーゲンを攻撃し、続いてナポレオン戦争でデンマーク海軍が敗退したことをきっかけに、1814年にノルウェーはデンマークとの連合から独立しました。
1849年に立憲民主主義を確立しました。

1864年、第2次シュレスヴィヒ戦争でプロイセン軍に負け、シュレスヴィヒ公国、ホルシュタイン公国、ラウエンブルグ公国(現ドイツ北部)を失いました シュレスヴィヒの北部は住民投票の結果を受けて1920年にデンマークへ返還)。
この敗北を教訓に、デンマークは中立主義となり、2度の世界大戦でも中立を維持しました。

1940年4月9日にナチスドイツがデンマークを占領、1944年にはアイスランドが独立を宣言したことで、デンマークの領土は現在の大きさとなりました。
デンマークは公式には中立国でしたが、抵抗運動の経緯から対戦が終わるころには事実上、連合国側として認識されるようになっていました。そのため1945年の国連発足時には、原加盟国の一員となりました。

1949年にはNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、1864年以降の安全保障政策の柱であった中立主義と決別しました。

戦後は工業の発展により急速に近代化を遂げました。時を同じくして、総合的な福祉制度を導入し、現在の福祉国家としての土台を築きました。

1973年、デンマークはEU(欧州連合、当時はECC) に加盟しました。